大人の都合の “安全第一” ?

先月は幼児部の遠足がありました。天候に恵まれいずれも予定通り実施することができ良い経験ができました。登園時間やおにぎりなどご協力に感謝致します。

昨今、遠足先で感じることですが、安全への配慮、自然保護の観点で来園者に注意を促す表示が多くなっているように思います。「球技は禁止」「対象は○歳以上」、「転落危険、のぼらない!」「危険、あそばない」「指はさみに注意」等々様々な表示がされています。(お父様、お母様が育った幼少期よりも過剰になっていると思いませんか?)

事故や怪我があると管理者責任を問われる、近隣からのクレームへの対応等、やむを得ない対応なのでしょう。事故防止の観点から、また必要に迫られて管理者が表示を勧めることは当然で、理解できます。

規模は違いますが保育園の園庭遊具でも一定の制限を皆で共有しています。

ただ気になるのは、安全第一という理由で、過剰に制限を加えることは、危険への想像や判断能力を養う機会を奪い、危険を回避する身のこなしや加減といった身体の調整力が育つ機会も奪ってしまうことにもつながるのではないかと言うことです。

危険への回避ができない乳幼児期は、見守りと制限が必要なことは言うまでもありませんが、スリルやバランス感覚を楽しむ姿はこの時期からあり、楽しみながら安全な身のこなしを養っているのです。

野山北公園で、3歳くらいの男の子が賢明にアスレチック遊具の棟に登ろうと挑戦しているとき、「大丈夫?、落っこちないでね」「降りる?」と下から子を見上げている若いお父さんの姿を見たことがあります。少し小柄だったので“落下したら…”と心配に思いながら見上げていたのでしょう。

不安ながらも“もう少し、もう少し”と腕と足の力を入れ、手のひらで手すりをしっかりとつかんではいますが、下を見る余裕はなく表情は今にも泣き出しそうでした。

その後の展開は敢えて記しませんが、お父様、お母様だったらどうしますか?

過保護過干渉と言いますが、過ぎる保護と過ぎる干渉が、様々な経験を通して育つ本来の個の育ちにどのような影響を与えるのかを、親、周囲の大人は子の育ちを見極めてさじ加減をしていかなければならないと思うのです。

園長 若山 剛
(「櫻」つくしんぼ・そよかぜ 2022年6月号より抜粋)